2008年08月25日

オリンピック閉幕の雑感。

北京オリンピックが終わりました。
時差もほとんどなく、テレビでも沢山中継されたので、
楽しまれた方も多いのかな?

日本でメジャーなスポーツの野球やサッカー、
そしてオリンピック競技としては人気の柔道やレスリングなどでは、
男子の成績が期待外れに終わり、女子が躍進したことから、
「男子は情けない」「選手に覇気がない」との怒りの声が、
飯屋や飲み屋で聞こえてきます。

それは、メディアも含めて、一週間もしたら、
静かになるでしょうから、そっとしておくとして、
やっぱり、オリンピックのために4年間、努力と準備をしてきた、
そういうものが感じられる競技に、感動しました。

個人的に夢中になっていた女子サッカーの中心選手の一人、
宮間選手は、オリンピックの前に、
「私たちにとって、オリンピックは夢の舞台であるのと同時に、
 生活と人生を賭けた舞台である」という趣旨のことを話していたそうです。
男子と違い、女子サッカーは、いつ、チームが解散に追い込まれるか、
わからない環境で、日本で女子サッカーがなくなる可能性も、
まだまだあるわけです。

事実、男子とは違い、職業として確立していないので、
アルバイトと兼業の代表選手もいます。
女子ソフトも、次回のロンドンからは種目が外れるのと同時に、
企業のチーム解散が相次いでいる競技です。
活躍しないと、自分も仲間も、そして後進の将来や、
日本から競技環境さえ奪われるかもしれない、という恐怖と戦う、
そういう背景もあっての努力が、
「みんなで戦った」「すべてを出し切った」という言葉になっているのだ、
と感じます。

先週は、視察受入や講義で、
衰退地の再生にむけたまちづくりの手法や、
コーディネーターや組織の必要性をお話しする機会が続きました。
話をしながら、何かしらの共感を得ているという実感を持ちつつも、
一方で、「必要だけど、存在しきれないかも」という思いは、
このしごとも同じことだなぁ、と感じます。

このしごとに「オリンピック」はないけれど、
個別の事業スケジュールとは違う、何か大きな目標の節目になるものを創り、
そこに向かってもっと真剣に努力をすることを考えねば、
と、女子選手の活躍に、思いを新たにしています。




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